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about "GNSS"
 

作成者:安田明生

1. ま え が き

GPS(Global Positioning System)は 1970 年代の前半から米軍により開発が開始され,現在地球を取り囲んで周回している 27 衛星からの電波により,いつでもどこでも高精度の三次元測位が可能な測位システムである.
電波を最初に航法に用いたものはロラン(Loran:Long Range Navigation)と呼ばれ,米軍により第二次大戦末期の 1942 年に開発され,終戦までに主要戦闘地域に配備された.ロランは地上の電波送信源からの距離を,電波の到達時間から測定して位置を求めるもので,戦後米軍に より日本及び南方海域に四つの送信局が設置された.現在では日本の海上保安庁に運用が移管され,航海の安全に貢献している.
人工衛星の技術の進歩により,地上の送信源を宇宙に移して,サービスエリアを拡大しようという試みが米国を中心に進められ,1967 年には米海軍により開発された NNSS(Navy Navigation Satellite System)の民間使用が可能になった.これは数機の極軌道衛星で全地球をカバーしようとするもので,数時間ごとではあったが,誤差数 100 m 程度の測位ができるので,1990 年ごろには約 10 万隻の商船に受信機が搭載されるまでに普及していた.
一方,戦闘機用に実時間の連続測位システムを模索していた米空軍と,次世代の測位システムについて検討を始めていた海軍が互いに協力して,1973 年に新しい測位システム GPS の開発に着手した.1978 年から 1985 年の間に合計 11 機のブロックII衛星が打ち上げられ,システム試験が続けられた.1989 年からブロック~衛星の打上げが開始され,26 衛星を地上2万 km の軌道上に配置した 1993 年 12 月,正式に GPS の運用開始が宣言された.このときから,地球上どこでもいつでも連続的に水平方向で 100 m,垂直方向で 150 m の精度での測位が保障されることになった.

2. GPS 衛星の現状

  GPS は表1に示すように,昇交点傾斜角が 55 度で昇交点経度が 60 度ずつ異なる六つの軌道上に4機ずつの人工衛星を配し,24 衛星で全地球をカバーして所定の機能を果たすとされている.図1に GPS 衛星の軌道配置概念を示す.衛星の周回周期は約 11 時間 58 分2秒(1/2 恒星日)であり,地球上のどこでも約 23 時間 56 分4秒ごとに同じ衛星の配置が上空に現れることになる.各衛星は 10.23 MHz の基準発振器を持っており,154 倍の L 1=1,575.42 MHz と 120 倍の L 2=1,227.6 MHz の2周波の右旋円偏波を全地球に向けて送信している.全衛星が同一の周波数を用い,C/A コードと P(Y)コード共に衛星ごとに互いに異なるゴールド符号と呼ばれる擬似ランダム雑音(PRN:Pseudo Random Noise)で変調されている.民間利用者に許されているのは L 1 にのみ載せられた C/A コードによる測位で,SPS(Standard Positioning Service)と呼ばれている.P(Y)コードによる測位は PPS(Precise Positioning Service)と呼ばれるが,これは米軍関係者のみ使用可能である.衛星からコードに載せて送信される航法データは衛星軌道情報 (ephemeris),衛星時計の情報,電離層補正データ,他の衛星の位置情報(almanac)等である.表2に1999 年 11 月 29 日現在の歴代 GPS 衛星の現状を示す.ブロックI衛星はすべて退役し,現在 27 衛星が軌道上に配置されサービスに供されている.現在はブロックI R の打上げの世代に入っており,同3号機は5月5日に打ち上げられたが,軌道投入に失敗した.次回の打上げは9月 23 日に予定されていたが,ハリケーンの影響により延期された.


表1



図1


表2



3. 測 位 原 理

3.1 GPS による測位の仕組み  コードを用いた測位では,衛星から発射された電波が利用者受信機に到達するまでの時間を測定し,光速 C を 乗ずることにより,衛星までの距離を測定する.衛星はルビジウム(Rb)やセシウム(Cs)を用いた原子時計を搭載しており,時計の安定度は 10-11 以下と極めて高いが,利用者はそのような高価で大がかりなものを用意することは困難である.したがって,通常の利用者では正確な距離を求めることができな い.すなわち利用者時計の誤差に相当する距離誤差 がすべての衛星に対して常に存在する.そのため,利用者受信機で測定される時間差から得られる衛星までの距離を擬似距離と呼ぶ.
 このような場合は,2 衛星からの距離の差を求めることになる.等距離差の点は二つの衛星を焦点とする回転双曲面を構成し,もう一組の衛星対からなる回転双曲面との地球上における交点から位置を求めることができる.平面上の3送信源に置き換えると 図2 の ようになり,二つの双曲線の交点から位置を求めることができる.このときこれらの双曲線を「位置の線」と呼ぶが,時間差の測定は必ず誤差を持っているの で,位置の線は測定誤差に対応する幅を持ち,同一地点で連続的に測位をすると図2の楕円の部分に測位点が分布することになる.送信源が図のように一方に 偏って分布する場合には,楕円の長軸は送信源の方向に伸びる.
図3 は実際の GPS 測位を示す.未知数は三次元の位置と受信機時計のずれ量( S/C :すべての衛星に対して共通となる)の四つなので,これらを求めるためには四つの方程式,すなわち4衛星までの擬似距離が必要となる.結果として,三次元位置と同時に利用者時計のずれ量が求められる.
3.2 DOP と2drms  GPS測位精度を表現する重要な概念としてドップ(DOP:Dilution of Precision)(1) がある.これは精度の劣化係数と呼ばれるもので,図2に見られるように,測位点の分布が位置の線の交角が狭いと大きく広がり,測位精度が劣化することが分 かるが,その程度を表す指標である.位置の線の交角は送信源すなわち衛星の分布に依存する.上空に満遍なく衛星が分布するときは水平方向の DOP(HDOP・エイチドップ)は小さい.垂直方向の DOP(VDOP)は,衛星が上方のみに偏在するのでおおむね HDOP の 1.5 倍といわれている.
  2 drms も重要な概念の一つである.GPS 受信機を定点に設置して連続測位しても,ランダムな測距誤差により測位点は散らばる.それらの平均位置までの距離を二乗平均して平方根をとったものが drms である.平均値を中心にしてその2倍,すなわち2drms が測位誤差の目安とされており,これを半径とする円内におよそ 95% の測位点が入るといわれている.




図2



図3


4. 測位誤差の分類

 表3に GPS 測位誤差要因とその大きさの見積りの一例(2),(3)を示す.測距誤差の数値は1σであり,誤差の目安を表す.これらの値は文献により若干異なるが,オーダ的にはほぼ等しい. 4.1 衛星の位置誤差  GPS 衛星の位置は測位点での位置決めの基準であるから,できるだけ正確に決定されなければならない.刻々の衛星位置は衛星から放送される 16 個の軌道係数を用いて計算により決定される.これらの値は世界の5か所に配置された地上の監視局でモニタすることにより修正されるが,更新までの間に,太 陽や月の引力,太陽光のふく射圧等の外乱によりドリフトし,誤差を生じる.

表3


4.2 衛星時計の誤差  衛星時計の誤差には原子時計のドリフトによるものと,意図的な精度劣化操作 SA(Selective Availability)によるものがある.前者は5か所の監視局でモニタして,時計の補正量を航法データとして衛星からコード信号に載せて送信してい るが,それによる補正の残差である.後者は戦略的要請から,衛星の基準発振器の位相を揺らすことにより測距誤差を増し,測位精度の劣化を図っている.周期 は 10 分程度で,振幅は 50 m を越えることもある.米軍のみがその影響を除いた測位が可能である.SPS ではこれによる測位誤差が支配的である. 4.3 電離層と対流圏遅延による誤差  電波が地上に届くまでの伝搬経路には,地上約 50〜200 km の電離層と地球を取り囲む大気の層がある.電波が電離層中を通過するとき,電子密度に比例し,電波の周波数の二乗に反比例するある量だけ電波の速度が遅く なる.したがって,その遅延量を補正する必要がある.C/A コードでは遅延量を推定するモデルを作り,電離層の状況に応じてその式の係数を決定し,航法データとして送信している.L 1,L 2 の2周波を用いる P コードでは,電離層遅延量を測定することができる.
  電波は大気中を伝搬するときもわずかながら減速する.その程度は周波数に依存しないので,電離層と異なり2周波でも測定は不可能である.しかし,電離層に比べて変化が少ないので,モデル化により比較的容易に補正ができる.
4.4 マルチパス及び受信機誤差  GPS 受信機で受信される電波には,GPS 衛星のアンテナから発射されて,真っすぐ到達した電波だけではなく,衛星本体とか受信機のアンテナ近くの地面や構造物等で反射されて,異なった経路を通っ てきた電波も重畳されている.マルチパスのために直接波の波形は乱され,到達時間の測定に誤差を生じる.マルチパス誤差軽減のために種々の方式が提案され ている.
  受信機ではコード同期により復調されたコードの立ち上がりで,到達時間を測定するのであるから,含まれる雑音でその精度が決定される.受信機の特性により雑音も大きく異なるが,最近の受信機は搬送波の位相で合わせるので,表に示すような高精度が得られるとされている.
4.5 誤差の見積り   利用者等価測距誤差(UERE:User Equivalent Range Error)は上記の誤差の RSS(Root Sum Square)値で,受信機から衛星までの距離測定誤差に相当する.これに HDOP の2倍を掛けたものが2drms となる.ここでは HDOP を 2.0 として,SA の下で 82.4 m となっている.これが測位精度 100 m の根拠となる見積りである.HDOP は現在の 27 衛星体制では 1.0〜1.5 のことが多く,2 drms は通常 50 m 程度である.

5. DGPS(Differential GPS)

5.1 DGPS の精度改善の仕組み  DGPS は 図4に 示すように,位置が正確に分かっている定点に基準局を設置する.そこから各衛星までの距離は計算で正確に求められるので,その地点で GPS からの電波で測距を行うと,その値との間に差異を生じる.これ(擬似距離補正値)を何らかの通信回線を用いて利用者に知らせれば,利用者は測定した擬似距 離に補正値を適用して,より正確な位置を求めることができる.DGPS では,表3に示すように SA だけでなく,衛星の位置誤差等も除去することができ,誤差数 m の高精度の測位が可能となる.
  補正データの伝送に関しては,そのメッセージフォーマットが RTCM(Radio Technical Commission for Maritime Service)SC-104 で細部にわたり決められており,これが標準的なものとして世界的にも広く受け入れられている.補正データ中には基準局から見える衛星の擬似距離補正値とそ の変化率及び時刻が含まれており,伝送遅延が 20 秒でも誤差の増加は遅延ゼロの場合の 1.3 倍程度に押さえられる(4).
5.2 DGPS 補正データ放送網の現状  日本列島沿岸には船舶の航行援助のために,古くから中波ビーコン網が整備されている.これらは約 300 kHz の中波電波を連続的に発射しており,船舶はこの電波の方向から自船の大まかな位置を知ることができる.平成 11 年4月には新たに開局したビーコン局を含め,27 局で南西諸島を含む日本列島沿岸全域をサービスエリアとする DGPS サービス網が完成した.図5に東京商船大学(東京都江東区越中島)の定点での1秒ごとの 100 分間にわたる単独測位結果(a)及び剱埼ビーコン局の補正データを用いて行った測位結果(b)を示す.補正により測位精度が大幅に改善されていることが分かる.
  FM 放送の音声周波数領域にはステレオ放送の主・副音声のほかに 76 kHz を副搬送波とするデータ送信用のチャネルが用意されている.この方式は NHK により開発され,DARC(Data Radio Channel)方式と名付けられている.現在多くの FM 局でこの副搬送波にいわゆる「見えるラジオ」のデータを重畳して,放送している.このデータの一部に DGPS 補正データが挿入され全国に分散する JFN ネット等 39 局から,主にカーナビゲーション用の GPS 受信機を対象として,約5秒のデータ更新周期で送信されている.基準局は全国7か所に設置されている.図5(c)に東京商船大学の定点で(a), (b)と同時に測定した FM 多重 DGPS 補正データを用いた DGPS 測位の結果を示す.

 



図4



図5



6. RTK-GPS

  これまで述べてきた GPS 測位は搬送波に載せられたコードの伝搬時間の測定によるものであったが,搬送波の位相を測定することにより cm レベルの高精度測位が可能となる.既存の地震予知を目的とした地殻変動観測網では互いの相対位置を後処理で求めているが,RTK-GPS (Real Time Kinematic GPS )ではこれを実時間で実現しようとするものである.L 1 の波長が 19 cm であることから数 mm 程度の分解能の測距が可能となるが,衛星までの絶対距離を知るためには 19 cm ごとの不確定性(ambiguity)が生じる.測位に先立ちこれを決定しなければならないが,これをアンビギュイティを解く(resolve the ambiguity),あるいは日本語で整数値バイアスを求めるともいう.
  実際には DGPS と同様に基準局を設け,利用者受信機で同時に各衛星からの搬送波を連続的に観測し,搬送波位相積算値を計測する.利用者受信機では基準局から送信された値 を基に二重位相差を求めることにより,誤差要因を除去した上で三次元的に分布する一波長ごとの格子点群の中から,正しい受信機位置を特定すると同時にアン ビギュイティが決定される.一度アンビギュイティが決定されると,搬送波位相積算値が連続的に観測されている間は不変で,連続的に位置が求められる.しか し一部の衛星の電波が瞬時的にもさえぎられると不連続となり,その衛星のアンビギュイティを求め直す必要がある.このような場合をサイクルスリップが発生 したという.
  RTK-GPS 測位に当たって,利用者は利用者受信機のほかに自分で基準局受信機と通信回線を用意する必要がある.受信機はかなり高価なので利用者の負担は大きいし,基 準局の位置を一利用者が正確に測定することは難しい.そこで基準局からの測位用データを放送すれば多くの利用者がその恩恵に浴することができる.そのよう な考え方の上で,全国移動無線センター協議会は建設省国土地理院が設置する電子基準点から MCA 業務用移動無線通信システムを使って,利用者に RTK-GPS 測位用のデータを伝送する実験を行っている.電子基準点は全国に 1,000 点近く設置されており,このシステムが機能するようになれば,多大な効果が期待できる.
 

7. GPS の応用

  GPS 誕生の契機は移動体の位置を正しく把握すること,すなわち航法にあった.民間利用も当初は船舶の航行援助が中心であったが,数年前からはカーナビゲーショ ン装置に組み込まれ始め,現在では数百万台の自動車に装備され,VICS のサービス拡大とともにドライバーの必需品になろうとしている.最近では DGPS 対応の受信機が出現し,走行中の道路の車線までも特定できるようになっている.
  一方,搬送波位相測定による高精度の測位技術が実時間の測位(RTK-GPS)に適用されるようになり,目標物の得難い海上や造成地などの土木作業に広 く応用され,作業の高能率化をもたらしている.また,地図上に電柱・信号灯・標識等の物標の位置を記入したり,公園の植生や野生動物の動静を正確に把握す るためのデータベースの作成に応用されるなど,地理情報システム(GIS:Geographic Information System)の主要ツールになりつつある.移動体測位も高精度化により,航空機の自動進入・自動着陸への応用研究,土木工事のブルドーザや農業における トラクターなどの自動操縦に応用する実験も盛んに行われている.  GPS では三次元の位置と同時に正確な時刻を求めることができる.これによる市販の周波数基準器では 10-11 程度の安定度が得られる.今日,隔地間の通信機器の同期に採用され,高効率の通信に不可欠のものとなってきている.
  対流圏の伝搬では水蒸気圧による影響も受けるので,湿度に遅延量が依存し,誤差が増大する.この性質を逆に用いて,上層の湿度を測定して天気予報に役立てようという試みもなされている.
 

8. GPS の将来展望

8.1 GPS 衛星の打上げ計画  GPS衛星の設計寿命は7.5年とされており, 図6に 示すように将来にわたり打上げが予定されている(5).1996 年3月 29 日にはクリントン大統領により SPS の無償提供の再確認と,10 年以内の SA 廃止の宣言がなされた.現在表1に示すように利用可能な衛星は 27 機で,当初計画された 24 機より多い.ブロックII F は 2003 年から順次打ち上げられるが,設計寿命は 15 年で,軌道上には 30 機+予備3機が配置されるという情報もある.次節に示す新しい民間用の波の追加が約束されている.


図6


8.2 第 2・第3の周波数  1998 年3月 30 日,ゴア副大統領により 2005 年から打上げ予定のブロックII F Opt 2 の衛星群から,L 2 周波数に C/A コードを載せることと,更に「科学と測量」用として第3の周波数を民間使用に追加することが告知された.そこでは新しい衛星の発注期限の 1998 年8月 25 日までに周波数が決定されることになっていたが,次々と延期され,1999 年1月 25 日の米国航法学会技術会議の開会に合わせて,副大統領による発議が告知された.第2の波は L 2 に C/A コードとして載せられ,2003 年から打上げ予定のII F 衛星に,また第3の波としては新たに 1,176.45 MHz を割り当てることになり,2005 年打上げ予定の衛星から追加される.この帯域は航空無線航法サービス(ARNS)のために国際的にリザーブされているので,周波数の取り合いあるいは干渉 を避ける技術の開発などの解決すべき問題が残されている.
8.3 WAAS,MSAS,EGNOS  MTSAT(Multi-purpose Transportation Satellites:多目的運輸衛星)衛星は東経 140 度の静止軌道上に 1999 年9月2日に打上げが予定されていたが,H 2 ロケットのトラブルで二度の打上げ延期の後,11 月 15 日の打上げ失敗により,海中に没した.同衛星により 2000 年春までに予定されていた(6)初期 MSAS(MTSAT Satellite Augmentation System)の試験電波の発射は大幅に遅れることになった.これは静止衛星から DGPS 情報を広域に放送すると同時に,その静止衛星も GPS 衛星の一つとして機能し,GPS システムの機能を補強しようとするもので WAAS(Wide Area Augmentation System)と呼ばれている.静止衛星の可視域全域をサービスエリアとし,洋上を飛行する航空機に補正データを送信するために計画されたが,広域にわた り数 m 程度の精度の DGPS 測位が可能となるので,陸上や洋上での測位精度の改善が期待できる.
  米国では連邦航空局(FAA:Federal Aviation Administration)により固有名詞として WAAS と呼ばれる衛星補強システムの準備が進められている.これは大西洋上のインマルサット静止衛星 AOR-W と太平洋上の POR 衛星を用いるもので,現在試験的に測距信号が流されており,我が国でも受信が可能である.1999 年7月,25 参照局と2主局で WAAS の Phase 1 のサービスが開始される予定であったが,2000 年9月まで 14 か月延期された.補正と検証のためのソフトウェアの遅れが主な原因とされているが,動作確認のための時間的余裕も必要とされる.
  欧州ではEGNOS(European Global Navigation Overlay System)と呼ばれる同様のシステムの準備が進められている.これは欧州共同体が計画している GNSS(Global Navigation Satellite System)のフェーズ1に相当し,GNSS-1 と呼ばれていた.AOR-E 衛星とインド洋上の IOR 衛星及び日本の H 2 A ロケットで 2000 年に東経 21.4 度の静止軌道上に打上げが予定されている ARTEMIS(7)(Advanced Relay and Technology Mission Satellite)から,GPS と GLONASS の補正情報が流される予定である.
8.4 GLONASS と GNSS-2  ロシア軍が運用している GLONASS(Global Navigation Satellite System)は軌道面が 3,傾斜角が高緯度に位置する国土を考慮して約 65 度であることを除くと GPS とほぼ同じ機能を持つ衛星測位システムで,ロシア版 GPS ともいえるものである.1996 年には 24 衛星で GPS と同様に全世界を 24 時間カバーしていたが,設計寿命は3年といわれており,また 1995 年末以来,新たな打上げがなされず,次々と衛星数が減少してきていた.このまま新たな打上げがなければ,数年内に全く使用不能になると懸念されていたが, 再三の延期の末,昨年の暮れにようやく新しい衛星3機(GLONASS 衛星の打上げは3機ずつなされている)が打ち上げられた.その後昨年まで稼動していた衛星も相次いで停波あるいは退役し,1999 年 11 月 29 日現在 10 衛星で稼動している.1999 年2月 18 日,GLONASS の維持発展のために外国の投資を促し,新しい世界的衛星測位システム創設のための基盤として提供する旨のエリツィン大統領布告(8)が発布された. GLONASS には SA のような精度劣化操作がなされていないので,これがフル稼動すれば GPS よりも高精度の測位システムとなるが,今後の展開が注目される.
  一方,欧州共同体では独自の衛星測位システムを持つべく準備を進めている.従来 GNSS-2 と呼ばれていたが,EGNOS との混同を防ぐため最近 GALILEO と命名された.各種の方式が提案されているが,1999 年6月実行に踏み切ることが決定され,2000 年中に方式が決定されることになった.有力な案として GPS と同じ MEO に 30〜40 衛星を配し,L バンドの3周波の搬送波で測距信号を送信しようとするものがある.2 drms で4m 以下の高精度測位と,搬送波測距方式におけるアンビギュイティの瞬時決定を可能にするといわれている.このシステムが運用開始されるのは 2008 年以降であり,今後 GLONASS と緊密な協力関係を保ちながら開発が進められることになろう.
8.5 EOW と 2000 年問題   コンピュータの世界の 2000 年問題は高速コンピュータを内蔵する GPS の世界でも問題となっているが,GPS にはこのほかに EOW(End Of Week)の問題もある.これは GPS が採用する時間が各週の初めからの秒数で表され,1980 年の1月6日の午前 00 時 00 分 00 秒(UTC:Universal Time Coordinated)を第ゼロ週の初めとして,10 bit の週カウンタを用いているため,第 1,023 週の次は第ゼロ週に戻ってしまい,誤動作する恐れがある.これは今年の8月 21 日の 23 時 59 分 47 秒(UTC)で,一部古いタイプの受信機で問題が生じたが,大きな事故に発展することはなかった.EOW は今後も約 20 年ごとに発生する.
8.6 日米共同声明  1998 年9月 22 日,訪米中の小渕恵三首相はクリントン米大統領と GPS の利用における日米協力に関する共同声明(9)を発表した.これは,ほとんどの日本の一般紙に取り上げられた.その骨子は GPS 及びその補強システムの健全な運用と効果的な利用促進のために日米が協力し,またその運用を阻害するものに対しては協力して事に当たるというものである. その後9月末にこの共同声明に対する Q & A が FAA のサイト(10),(11)に掲載された.

9. あ と が き

  GPS は今や種々の航法のみならず,通信や測量,地震予知,気象予報,土木作業,福祉事業等々非常に広範な分野で計り知れないほどの応用の拡大が予想される.また,既に多くの分野でなくてはならないインフラストラクチャの一つに数えられるまでに至っている.
  GPS に対抗する形で欧州などで新しいシステムやサービスを開発してくれることは我々ユーザにとって大変に有り難いことではあるが,このような中で我が国の対応 が利用者としての立場でしかないのは寂しい限りである.衛星航法システムは 21 世紀でも必須のものとなることは明らかなので,世界に対する遅れを少しでも取り戻すよう,一日も早く広範囲の研究開発に着手するとともに,本格的に技術者 養成に取り組むことが望まれる.
 

文 献

  • (1) 安田明生,ほか,“GPS における GDOP と測位誤差分布について,”日本航海学会論文集,no.79,pp.25-31,Sept. 1987.
  • (2) B.W. Parkinson, et al., Global Positioning System・Theory and Application, vol.1, pp.481-483, AIAA, 1995.
  • (3) GPS導入ガイド,衛星測位システム協議会(編),p.79,日刊工業新聞,1993.
  • (4) 安田明生,ほか,“DGPS のデータ伝送遅延に対する測位精度評価,”日本航海学会論文集,no.93,pp.7-10,March 1996.
  • (5) James B. Armor, Jr., “Navstar Global Positioning system,” Proceeding of ION Tech. Meeting, Jan. 1999.
  • (6) 島村 淳,“MSAT プロジェクトの概要,”日本航海学会会誌ナビゲーション,no.139,pp.73-77,March 1999.
  • (7) http://www.esrin.esa.it/esa/progs/telecom.html
  • (8) http://mx.iki.rssi.ru/SFCSIC/english.html
  • (9) http://gps.faa.gov/Programs/International/Japan/jointstatement.htm
  • (10) http://gps.faa.gov/Programs/International/Japan/japanqa.htm
  • (11) GPS シンポジウム 98 テキスト,日本航海学会 GPS 研究会,pp.229-234,Nov. 1998.